史跡クラブ2 令和元年9月 倉賀野巡り
期日:令和元年9月25日(水) 天気:晴
参加者:12名(2名欠席)
まだ夏の暑さが続いている天候で、別府公民館駐車場を8時25分頃3台の車に分乗し出発。道路の混雑もなく予定より早く9時25分に倉賀野古商家おもてなし館に到着した。
観光ガイドの会3名(三澤さん:事務局長、大山さん、手島さん)の方に案内をしてもらい、おもてなし館から約2時間各史跡での説明を聞きながら倉賀野の町を散策し、おもてなし館に戻り観光ガイド3名の方と別れた。
昼食は割烹「おきな」で各自1,000円以内のランチ(飲み物付き)を食べて皆満足のようであった。昼食後は車で岩鼻代官所跡と倉賀野神社、大鶴巻古墳・浅間山古墳をめぐり、帰路。途中で(株)原田・ガトーフェスターハラダに寄り各自みやげを買い、無料のコーヒを飲みここで散会、大満足の一日であった。
行程:別府公民館駐車場→倉賀野古商家おもてなし館→観光ガイドの案内で倉賀野散策(行別途)→割烹「おきな」で昼食→岩鼻代官所跡→大鶴巻古墳→浅間山古墳→(株)原田→別府公民館駐車場
 観光ガイドの行程(2.5km、約2時間)
  倉賀野古商家おもてなし館→倉賀野宿下の木戸跡
→道しるべ・常夜灯・閻魔堂→倉賀野の歴史を語
る建物(吉野家・大山家・矢島家)→冠稲荷神社
→倉賀野河岸跡→大杉神社跡→牛街道・馬街道→
井戸八幡宮→倉賀野城址→高札場跡→脇本陣跡→
本陣跡→太鼓橋跡→倉賀野古商家おもてなし館


以下見学した場所等を記す。
 
   
 倉賀野古商家おもてなし館の
なまこ壁

道しるべ・常夜灯と閻魔堂
中山道と日光例幣使道の分岐点の道しるべで、常夜灯は
文化11年に作られ台石の四面に雷電為右衛門等312名の
寄進者名があった。 
 倉賀野河岸跡の碑    
   正保三年(1,646年)倉賀野城二の廓跡に一夜
にして出現した井戸が起源と伝えられる神社 
 倉賀野河岸跡の碑  
 利根川最上流の河岸で米や麻等を利根川から江戸川を経由して
江戸に運ばれた。明治17年に鉄道が開通すると急速に衰えた。

 倉賀野は武蔵児玉党の一族が築城。南側は烏川があり、城は高台の自然要塞になっておる。豊臣秀吉の北条征伐で落城し廃城となった。今は公園になっている。  
    
   
高札場
   
 倉賀野町の西に大鶴巻古墳、小鶴巻
古墳、浅間山古墳があり古墳の周りは
民有地で畑のため中に入れず畑から
見学した。
浅間山古墳は4世紀末頃の築造とされ、
墳丘全長172m県内第二位の巨大前方
後円墳。大鶴巻古墳は墳丘全長123m
の巨大前方後円墳。
 
   大鶴巻古墳
   
                記 長山 

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